フランスを代表する女性とフランスを代表する車。

 映画や書籍、あるいは最近では楽曲のタイトルやバンドのネーミングに使われるなど、この名前を知らない方は少ないのではないでしょうか。
 そう、ジャンヌダルク。まさにフランスを代表するような女性です。同じフランスを祖国とするルノーにとっても関係が深いのです。そこで少しだけジャンヌダルクを語ってみようと思います。

神のお告げから始まるフランスの救世主物語り。
 1412年1月6日、フランスがまだ百年戦争という時代、小さな村ドンレミーで生まれたジャンヌダルクは13才の頃に「男の服装をして、武器を持ち、戦い、フランスを救え」という言葉を最初に、何度か繰り返される神のお告げを聞く。
 やがて16才の頃、お告げは「オルレアンの町を救え」という具体的な内容になる。
 当初、誰にも相手にされなかったジャンヌでしたが、やがてイギリス軍に包囲されていたオルレアンの町を救うという意志が伝わり、王や住民達に歓迎され、1429年5月、イギリス軍はすっかり退却し、オルレアンはジャンヌの約束した通り解放される。またシャルル王太子に戴冠式を行わせ、正式にフランス国王シャルル7世にするという、もう一つの目的も成し遂げた。

かつての少女は今、国民的祭典としてたたえられている。
 その後も様々な戦いに勝利をおさめてきたが、やがて敗戦、そして教会の牢にいれられ、ジャンヌが魔女であるという理由から厳重な監視のもと捕虜の入る牢に入れられる。(この頃はキリスト教に背く者に対し証拠がなくても異端裁判が行われた)
 裁判はジャンヌを有罪にすることだけが目的で、その審議の結果、イギリス側に味方しているパリ大学神学部に意見を求めた。結果、1431年5月24日、ジャンヌは最後の判決を言いわたされ、5月30日、刑が確定し火あぶりにされ、19歳で息をひきとる。
 しかしジャンヌの死は、国民に感動と勇気をあたえ、平和を願ったジャンヌの戦いに、やがて1453年、百年戦争は終わりを告げ、1456年には、ジャンヌの有罪判決も無効になり、1920年にはジャンヌはローマ教皇により聖女として祝福されることになる。
 今オルレアンのジャンヌダルク祭は、国民的祭典となっており、フランスの英雄としてジャンヌをたたえてる。

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